水物語2:井戸エレジー

イラスト:雪子M・GRASING

井戸エレジー

吹き上げの井戸があったらしいという話を聞いて、立川にある旧家を訪ねてみた。 900坪という広い屋敷で、樹齢100年にもなろうかという大きな欅が林立する静寂の中、目ざす井戸は屋根つき石組みのりっぱなもので、かつての家の繁栄を示すかのようであった。 しかし今は使われることもなく、蓋をされ物置と化して、とうに生活から忘れ去られてしまっている。
青柳段丘に位置するこのあたりは、4メートルも掘ればすぐに水がコンコンと湧くという。本家といわれる大きな家には、屋敷内に6本も自前の井戸をもっていた。 しかし反面井戸をもたず共同井戸を利用する人々も多かった。井戸は権力の一つの象徴であった。
水は豊かで枯れることはなくても、井戸をもつ家も共同で使う家も、洗い物の汚れ具合や量の加減水を使い分け、近くの矢川や多摩川に行った。 水道という文明のない時代、女たちは井戸をとり囲んで地域にかかわってきたのかもしれない。
井戸はつぶされマンションが次々と建てられている。滅びゆく井戸と共に、井戸端会議のおカミさんたちの連帯も薄れていくようだ。

原田いづみ