「武蔵野インディアン」三浦朱門

AM 6:45 (オオタマサオ)

織物の道、繭の市

「武蔵野インディアン」という著名は奇異だった。著者は三浦朱門という。 「インディアン」が野生の思考であり、プリミティブな、ゲイリースナイダー的世界観だとしたら、「われわれは最後の原人なのだ」ということだろうか。
八王子はもともと織物のまちであり、中央線の原型も織物を運ぶためだったなんて話を知っている人が、立川ウィルに買物に来ている奥さんに立川が基地として栄えて(?)いた頃や、砂川事件があったことなどを尋ねたら、一体どれだけの人が知っているだろうか。 武蔵境のホームで電車を待つ人に、ここは繭の市がたったんだってねえ、と言ってびっくりしない人はどれくらいいるだろうか。

東京に暮らして10年そこそこの私にとって、中央線というのは山手線と並んで首都交通の幹線に思えるし、中央線沿線に住めるというのは、交通の便がよくて都心への至近距離にいるような気がする。八王寺なら大学、立川はウィル、吉祥寺ならパルコやホテル、サンロード。ショッピングに行きたい!となるのである。 そして山の手にも下町にも入らない武蔵野には、もっとワイルドな下町原住民、武蔵野インディアンがいたというわけなのだ。 いつの間にかできた住みたい処「武蔵野」というイメージにいい気になって、国立は知的な雰囲気で、ついに百恵ちゃんが引っ越してくるだのなんだのと騒いでいる輩を笑っているインディアンの子孫達がいるはずだ。

今の東京が好きな人に

そんなふうに見てみると、小説の中で、それこそインディアンの血を引く太田(主人公・著者の分身でもある)の友人の、「武蔵野インディアンは東京白人なんかと結婚しないのさ」という言葉も納得がいく。 東京は、地方から出てきた人の集まりみたいなところがあって、ニューヨークにあらゆる人種が住んでいるのともよく似ている。 そういう地方から出てきた東京白人は、都庁の新宿移転で武蔵野はもっとひらけるだろうとかなんとか勝手なことを言いながら、これからも「武蔵野」のイメージを追い求めつつ、武蔵野そのものを壊し続けていくのだろうか。 「むさしの」という言葉が、インディアンを騙すまやかしのまじないになっているのかもしれない。 そんなふうに思い始めると、この本が悲しい本にも思われてきた。 今の東京しか知らなくて、今の便利な東京が好きな人に、ぜひ読んでほしい一冊だ。

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vol.1(1987年3-4月)より