立見席:カブいた話(3)

乞食と役者

子どもの頃から「乞食と役者は三日やったらやめられない」という言葉を耳にしていたが、どういう意味かよく判らなかった。 あんなみじめな乞食をやめられないなんてほんとうだろうかと、子ども心に信じられなかったのである。乞食とは可哀そうな人なのであった。

役者の方は、芝居の世界で仕事をするようになってから付き合いは多くなった。 が、やっぱり、年がら年中きびしい訓練と演出のシゴキの中にあるあんな仕事を、三日やったらやめられないなんて信じられないことではあった。

しかし、毎日電車で会社に通う人々をみつめていると、誰からも束縛されず、思うさまゴロゴロと働かないで居られる乞食という立場は、面子や見栄を捨てその自由を何よりもかけがえのないものと思うことができたら、無上に幸せな生き方なのかもしれない。 そこまでカブく勇気のないわれわれには、味わうことのできぬシアワセの境地である。

地方の町やムラで芝居の上演される日は、そこに暮らす人にとってまるでお祭りである。 それを仕事にしている役者とは、毎日をお祭りのあの興奮とときめきの中に身をおかなければガマンできなくなったお祭り中毒患者なのかもしれない。

考えてみれば、ゴロゴロの極地にしても毎日がお祭りにしても、かたぎの人がたまに味わうシアワセを、ほどほどということができず、暮らしにしてしまったウラヤマシクもありカナシクもあるヤカラである。

石塚克彦

vol.14(1989年7-8月)より