立見席:カブいた話(4)

くらしと心意気

私の愛用のシビックがポンコツになり、買いかえることになった。いつも中古の車を買って乗るので、すぐに乗りつぶす。 事務局長が、結局新車の方が安くつくのだから新車に乗れと言う。
私はどうしても安アパートに住み、中古のクルマに乗っていたいのだ。

上方のお笑いタレントさんたちが集まって、テレビ討論をやっていた。その中の一人が言った。 お笑い芸人が外車に乗って何がワルイ!といきまいていた。そうだそうだ、というお笑い芸人さんの声も少なくなかった。 お笑い芸人とて、売れ出したらでっかい家を建て、ベンツやロールスに乗ったっていいじゃないか。と話は続く。お笑い芸人が映画スターや歌手より下だなんて誰が決めたのだという意見もあった。
しかし、その話を聞きながら、ピカピカの家や外車に乗っているのが偉いと思っているそのお笑いタレントの心が、私にはカナシイ気がした。 立派な邸宅に住み、ロールスに乗ったお偉いお笑い芸人様のステージを仰ぎ見させられたとしたら、何か私には笑う気がしないようになってしまいそうでならない。
小さん師匠が家を建てたとき、ある映画監督が、立派な芸人だけど、長屋からあんな家に住みかえても、本当の落語ができるのかなァーとさみしそうにつぶやいたのを思い出した。 小さん師匠は、芸人じゃなくて、もう芸術家なのかもしれない。小さんが大好きだった私も、芸術家の柳家小さんなんて、考えただけでもさびしくなった。 私の好きな落語の大師匠たちは、死ぬまで裏長屋にくらしていた人が多い。そのくらしと心意気が、あの気さくな笑いの芸にとってはとても大切なように私には今も思えるのだが。
実際あまり腕のよくない喜劇作家の私は、せめて、安アパートと中古クルマくらいは、落語の大師匠の真似をしていたいのだ。

石塚克彦