読む読書会:コンビニ人間(名作喫茶)

2026年5月5日(火・祝)
参加人数:進行含めて11人

コメディ要素

「普通って何?っていう誰にとっても身近なテーマがありつつ「オモシロ」があるのがよかったです。特に笑えたのは、古倉さんが白羽さんと連絡をとってることを店長さんたちに知られて、「付き合ってるとかじゃなくただ家にいるだけです」「え同棲!?」「マジでー!?」みたくいじられて、でもそんなことより、と売り場に出てからあげ棒のセールに精を出すシーンですね」

あそこで、混乱する古倉さんは新人のトゥアン君に、皆で一丸になってからあげ棒を売ることが今一番大切なことなんだよって教えますよね。「一丸」から一番遠いはずの古倉さんがそれを説くのかとか思うとさらに可笑しい。

「僕は妹さんが来たシーンが面白かったです。変人の姉にやっと恋人ができたかと思ったらぬか喜びで、がっかりしてうつむいて泣きだして、古倉さんは暇になったとかでそんな妹を眺めながらプリンを食べはじめる。プリンて。自分のことを思ってくれて泣いてる妹に何の感情もわかないのが面白くもありちょっと引きもして。ってのを挟んで、ここでの白羽さんの立ち回りが、それまでのグダグダから一転して機転利かしての演技でびっくりしました」

「そうそう。それに妹さんがまんまと「そうです…よ!私、姉が変な男性に騙されてるんじゃないかって心配で…その上浮気なんて!妹として、許せませんよ!」って、騙されてるのはどっちだみたいな状況で、泣きながらうれしそうに彼を叱るシーンは最高でしたね」

古倉さんは不文律や慣習に疎い、でもロジカルっていう役回りなので面白くなりがちですね。

普通の中の変なとこ

「傍から見たら「普通」もなかなかヘン、ということでは村田沙耶香の別の作品『信仰』でも似た構図があります。騙されて空気清浄機のマルチ商法にハマってしまった人の話を主人公が友人たちにすると、みんなは「馬鹿だなあ」と笑うのですが、その後ブランド物の数百万円する食器がいかに素敵かって話で全員盛り上がります。そのブランドを知らなかった主人公は「空気清浄機とブランドの食器のどこが違うのか」みたいに心の中で指摘するわけです」

「そういうのありますよね。よく考えるとヘンなことでも、みんなでしていたら気がつかなかったり言えなかったり」

「それから、自分を形成しているのがそばにいる人たちだとか、喋り方や服装が伝染するとか、伝染しあいながら人間であることを保ち続けているとか、怒ってる人に合わせて自分も怒ると連帯感が生まれるとかも、ああ、あるなあ、そうだなと思いました」

「逆に、ぼっちな人は人間を保てないんですね。そういう人は修復(排除)されてしまうと。ただ悪い迷信が伝染した時にそれを見分けることができるのは、そういう普通からズレた人なのかもしれません」

あの古倉さんが恋をする?

「人間は生きていくのに、卑近な現実だけじゃやっぱり物足りなくて、遠くにある、夢というか、理解しきれないもの、特別なものへの憧れを多かれ少なかれもっているものですが、古倉さんはずっとそれがなかったんですよね。でも最後でそれを発見する。それがコンビニの神様みたいな。コンビニ教の預言者というのか、コンビニの声が聞こえて、それに従うことは素晴らしいことで、自分がそのために生まれてきたと思えるほど価値があるものだと気がついたんですね」

「私は最後、古倉さんはコンビニに恋をしたように感じました。そこにいない時もコンビニが気になったり、「コンビニの声を聴くために生まれてきた」「細胞全部がコンビニのために存在している」「ガラスに映った自分が、初めて意味のある生き物に思えた」こういうのは恋に落ちた時の感覚ですよね。それまで恋愛をしたことがなかった古倉さんの、ある意味初恋みたいなものじゃないでしょうか」

コンビニに恋をしたっていう見方は面白いですね。信仰と恋愛はかなり近いとか言いますし、あの古倉さんが恋愛モードに入ってると思うとちょっと急な気もするけど、ラストにふさわしいといえばふさわしいのかな。

TVピープル、カオナシ、成瀬

「村上春樹に『TVピープル』っていう短編があって『コンビニ人間』とちょっと似てるんですけど、これと比較すると、僕は古倉さんのラストの路線変更はすごく意外でした。TVピープルなるコビトは「個」を組織や共同体に完全に溶かしちゃった人みたいな感じでネガティブに描かれてましたので」

「それって『千と千尋の神隠し』のカオナシにもどこか通じるものがあるかも。カオナシは、ひとりではもごもごしてるけど、集団になると、っていうか人を食べる?取り込む?と、とたんに横暴になるキャラです。その名の通り自前のカオがなくて、仮面をつけることではじめて意思を持つという、ある意味誰しもが持つ側面でもあります」

「似てますね。どちらも個や自分がなくなって、集団に同化してしまう状態ですから。『コンビニ人間』でも慣習や世間にどっぷり浸かっている人々の矛盾を、古倉さんは良くも悪くも観察できて(しまって)いました。ところが最後に、以前は『(宗教みたいだといえば)そうですよ』と捉えていたコンビニと一体化する方向に向かう。このくだりは肯定する人としない人に分かれそう」

途中まで村田沙耶香の考え方を代弁してた感の強かった古倉さんですが、ラストで作者とは大きく分岐した感じがしますね。

「周囲から浮いてる点で古倉さんに似てるのが、『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬という女の子のキャラです。ただ成瀬は特に普通の側に寄せていこうとはしないところが古倉さんと違いますが。『コンビニ人間』も『成瀬』も、主人公のそういう型破りなところが多くの人から興味を持たれているのでしょうか」

みんな現実ではヘンに思われないように気を使うから、なりふり構わない感じが痛快だったりしそうです。あるいはなじめないことで周りから誤解される部分は共感しますし。これらの作品は「異端児の系譜」みたいなところがありますね。

*発言の順番・内容などいくらか再構成しています。

名作喫茶:云々

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